バスケットボール選手(腰痛分離症)の腰痛・臀部痛

PCRT症例報告:腰痛・臀部痛(腰椎分離症)| 倉持怜史

腰痛・臀部痛(腰椎分離症)

14歳 女性(中学2年生)| 13回通院 | 完治

報告者: 倉持 怜史 | 接骨院くら | PCRT歴 6年

報告者・施術院情報

報告者氏名 倉持 怜史
臨床歴(開業歴) 14年目
PCRT歴 6年
施術院名 接骨院くら
報告期日 2026年4月
🏷 腰痛 🏷 臀部痛 🏷 腰椎分離症 🏷 スポーツ障害 🏷 器質的診断 🏷 承認欲求

症例要約

✓ 完治
治療期間 2025年11月12日〜2026年3月23日
通院回数 13回
1回の治療時間 30分以内
転機① 8回目・ストレスと痛みの自覚
転機② 12回目・宿題による解釈変容

腰椎分離症(終末期)の診断を受け「治らない」と告げられた中学2年生バスケット選手。ハード面調整で70%改善後、4回目からPCRT認知調整法を導入。症状・競技力ともに完全回復。

📈治療経過グラフ
📋はじめに・発症経緯
年齢・性別 14歳・女性
職業 中学2年生
競技 バスケットボール(栃木県選抜)
発症時期 1年前(中学1年)

バスケットボールを部活動・クラブチームでかけ持ちし頑張っている中学2年生。栃木県選抜に選ばれる実力。1年前から腰痛に悩まされ、思ったようにプレーができなくなった。今までは鍼灸院で治療してもらうと良くなっていたが最近は症状改善しなくなった。試合では1分も持たずに、いつも腰をおさえてプレーしている状態。

獨協医科大学整形外科で精密検査を行うと腰椎分離症(終末期)との診断。腰部コルセットを着用し、医師からは「治らないからバスケットボールは無理の無い範囲で」と指示を受ける。初来院時、患者本人および父親ともに症状改善への期待を失っている様子であったが、「分離している骨は治らなくても痛みは改善できる。バスケットボールのパフォーマンスは上がる」と丁寧に説明したところ目の輝きが戻った。

📅治療経過(初回〜最終)
初回 2025年11月12日
患者の訴え
  • バスケット練習するとすぐに腰が痛む
  • 授業中、座位姿勢でも辛い
症状の程度 7/10
予期不安 8/10
CGI-S(初回症状の程度) 7
AMベーシック・アドバンス(ハード) PCRT脳リンク調整・経絡呼吸振動法(ハード)
初めて来院された時は、患者・父親ともに腰痛改善を諦めている様子。大学病院医師に「治らないから」との言葉が重くのしかかっている。治療コンセプトから「痛みの種類」「痛みの出所」を丁寧に説明し、 「分離している骨は治らなくても痛みは改善する。バスケットボールのパフォーマンスは上がる」と伝えたところ目の輝きが戻った。ハード面調整後には腰部後屈・回旋が楽になり帰宅された。
2回目 2025年11月25日 13日後
患者の訴え
  • 前回治療後から走れるようになった
症状の程度 5/10
予期不安 6/10
CGI-I(初回比較) 3
AM調整(ハード) PCRT脳リンク調整・経絡呼吸振動法(ハード)
3回目 2025年12月2日 8日後
患者の訴え
  • 試合で動けるようになった
  • パフォーマンス70% 3試合目で試合中に痛みが出た
  • 治療後良いが、徐々に症状が戻る
症状の程度 3/10
予期不安 4/10
CGI-I(初回比較) 2
AM調整(ハード) PCRT脳リンク調整・経絡呼吸振動法(ハード)
良くなっているが、治療後時間が経つにつれて症状がぶり返してくると相談を頂いた。誤作動記憶が関係している可能性があることを丁寧に伝え、次回PCRT認知調整法を行うことを相談した。
4回目 2025年12月15日 13日後
患者の訴え
  • 良くなってきている
  • 治療後時間が経つとぶり返してくる
症状の程度 3/10
予期不安 4/10
CGI-I(初回比較) 2
AMベイシック(ハード) PCRT認知調整法(ソフト)
身体系・情報系EB 反応言語 内容 調整後
腰椎4-5骨系 恐怖 バスケットボール 陰性化
警戒心 バスケットボール 陰性化
バスケットボール部を退部しクラブチームでの活動に専念しようと考えていたがチーム事情で退部できなかったことへの葛藤。周りからどう見られているかの「不安」「警戒心」。 「人を魅了する選手はどんな選手だと思いますか?」と質問させて頂いた。彼女は「失敗を恐れず、チャレンジし続けている選手です」と答えられ、自己矛盾に自ら気づかれた様子であった。
5回目 2025年12月22日 7日後
患者の訴え
  • 練習メニューも全てできている
  • 練習中、練習後に腰痛出る時がある
症状の程度 3/10
予期不安 3/10
CGI-I(初回比較) 2
AM調整(ハード) PCRT認知調整法(ソフト)
身体系・情報系EB 反応言語 内容 調整後
腰椎4-5番靱帯系 義務 バスケットメンバー・リーダーとして 陰性化
期待 バスケットメンバー・リーダーとして 陰性化
バスケットチームのリーダーとして、自分が点を決めなきゃ、活躍しなきゃ、チームメイト・監督・コーチからの期待に応えなきゃ。その前提として、栃木県選抜メンバーに選ばれているから出来て当然。
6回目 2025年12月26日 4日後
患者の訴え
  • 練習中、練習後も良くなってきた
症状の程度 3/10
予期不安 3/10
CGI-I(初回比較) 2
AMベイシック(ハード) PCRT脳リンク調整法・呼吸振動法(ハード)
7回目 2026年1月5日 10日後
患者の訴え
  • 練習・試合後も調子良い
  • 試合中に両下肢が痺れた時があった(以前腰痛が酷かった時も同じ症状があり心配)
症状の程度 3/10
予期不安 3/10
CGI-I(初回比較) 2
AMベイシック(ハード) PCRT脳リンク調整法・呼吸振動法(ハード)
プレー自体は問題なく出来るようになり安定してきた。プレー中・プレー後に症状が出るパターンが多い。
8回目 2026年1月19日 14日後 ⚡ 転機①
患者の訴え
  • ストレスを感じる時に痛くなる
  • それ以外は大丈夫
症状の程度 3/10
予期不安 3/10
CGI-I(初回比較) 2
AMベイシック(ハード) PCRT認知調整法(ソフト)
身体系・情報系EB 反応言語 内容 調整後
ストレスイメージ・情報系 腰椎4-5番骨系 復讐心+期待 バスケットプレー 陰性化
大切な選考会で、弱気なプレーをしてしまった自分自身に納得いかない。周囲からの期待と、自分自身への期待に対して思ったようなプレーができなかったことに苛立ち。 「今後、同じような場面になった時に意識すること、出来ることはなんですか?」との質問に「逃げないで、チャレンジする」と力強い言葉をおっしゃった。
9回目 2026年2月2日 14日後
患者の訴え
  • ずっと調子が良かったが、先週から練習後に右足をつく際に右腰が痛む
症状の程度 3/10
予期不安 3/10
CGI-I(初回比較) 2
AMベイシック(ハード) PCRT認知調整法(ソフト)
身体系・情報系EB 反応言語 内容 調整後
右仙腸関節軟骨系 自立心 バスケットボール選手として 陰性化
先週からドライブがうまく出来なくなってしまった。「あなたの長所は何ですか?」の質問に「無いです」と回答。 「ジャンプシュートです」との言葉が出た。自分自身の評価を客観的にみられなくなっており、上手くいかないところにフォーカスしていることに気がついた様子。
10回目 2026年2月10日 8日後
患者の訴え
  • 状態良好
症状の程度 2/10
予期不安 3/10
CGI-I(初回比較) 2
AMベイシック(ハード) PCRT胃経+呼吸振動法(ハード)
11回目 2026年2月17日 7日後
患者の訴え
  • 高校生と練習試合中に右腰が少し痛くなった
  • 今は大丈夫
症状の程度 2/10
予期不安 3/10
CGI-I(初回比較) 2
AMベイシック(ハード) PCRT脳リンク調整法(ハード)
12回目 2026年3月3日 14日後 ⚡ 転機②
患者の訴え
  • 腰の状態は良い
  • 練習中・試合中に監督・コーチに厳しく怒られることが不満
症状の程度 0/10
予期不安 1/10
CGI-I(初回比較) 1
AMベイシック(ハード) PCRT認知調整法(ソフト)
身体系・情報系EB 反応言語 内容 調整後
監督・コーチに怒られるイメージ・情報系 義務+忠誠心 キャプテンとしてチームをまとめるべき 陰性化
先輩からチームキャプテンを引きついで新体制となった。キャプテンになってから、監督・コーチから今まで以上に厳しく指導を受けるようになった。キャプテンになった事から逃れたい気持ちを強く感じながら施術を行った。

「キャプテンになって得られることがあるとしたら何ですか?」と質問させて頂いたが施術中には出てこなかったため、 自宅での宿題にした。数日後に患者から連絡:①忍耐力が高まる ②人前で発言出来るようになる ③全てのことにおいて心に余裕が出る
13回目 2026年3月23日 20日後 ✓ 最終回 / 完治
患者の訴え
  • 調子良好
  • シュート成功率が悪くなった・シュートフォームに迷いがあり模索している
症状の程度 0/10
予期不安 1/10
CGI-I(初回比較) 1(著明改善)
AMベイシック(ハード) PCRT認知調整法(ソフト)
身体系・情報系EB 反応言語 内容 調整後
腰部筋肉系 ツーハンドシュートイメージ・情報系 猜疑心 バスケットボールコーチ(チームメイトの姉) 陰性化
同級生のチームメイトの姉がコーチをしている。そのコーチとチームメイトに気を遣う。チームメイトとは仲が良いが本音で話せない自分がいることを自己認知。 週末に患者から連絡:コーチの視点を理解したようで、モヤモヤは少なくなった。それとともにシュートの確率も上がり調子良くプレーできている。
💡考察

本症例は、腰椎分離症(終末期)の診断を受け、複数の治療機関での施術にも改善が見られなかった中学2年生の女子バスケットボール選手に対し、PCRTを用いて完治に導いた症例である。治療期間は約4ヶ月(13回)と短期間でありながら、バスケットボールへの完全復帰とパフォーマンス向上を実現した。

初診時、患者本人および父親ともに症状改善への期待を失っており、大学病院で「治らない」と告げられた言葉が心理的な重荷になっていた。初回から治療コンセプトを丁寧に説明し、「分離している骨は治らなくても、痛みは改善できる」という視点を共有したことで患者の希望を取り戻すことができた。これは治療関係の構築において極めて重要なターニングポイントとなった。

初回から3回目まではハード面調整を中心に施術を行い、症状は70%まで改善した。しかし、治療後に時間が経つと症状がぶり返すという訴えが続いた。これは誤作動記憶がいまだ残存していることを示唆しており、4回目からPCRT認知調整法を取り入れる方針へと転換した。EB検査では「恐怖」「警戒心」「義務」「期待」「復讐心」「自立心」「猜疑心」など、対人関係やバスケットボールにおける自己評価・他者評価に関連する反応言語が一貫して検出された。

本症例における最初のターニングポイントは8回目の施術である。患者自身が「ストレスを感じると痛くなる」と自覚し始めており、「出来事そのものではなく、その出来事をどのように解釈しているか」が症状に影響することを伝えた上でPCRT認知調整法を行ったことで、施術の焦点が明確になり治療効果が安定した。2つ目のターニングポイントは12回目の施術であり、「キャプテンになって得られることがあるとしたら何か」という宿題が、患者が日常生活の中で自ら認知を変容させる契機となった。

腰椎分離症という器質的変化が存在していても、慢性化した痛みの主体が「誤作動記憶」であった可能性が高く、PCRTによる神経・情報系へのアプローチが有効であったと考えられる。最終的に症状程度は10→0、予期不安は8→1まで改善し、シュート成功率の向上など競技パフォーマンスの向上も確認された。PCRT認知調整法は、単なる疼痛改善にとどまらず、競技パフォーマンスの向上、人間力の成長、そして周囲への波及効果をもたらすという大きな可能性を、本症例は示している。

Clinical Commentary
PCRT創始者 保井志之による症例解説

以下は、この症例報告に対するPCRT創始者・保井志之による詳細な臨床解説です。

主訴
練習中・練習後の腰痛・臀部痛
既往・診断
腰椎分離症(終末期)/大学病院「治らない」
中心テーマ
評価・承認の重圧 / キャプテンとしての義務
転換点
第8回・ストレスの自覚/第12回・宿題による解釈変容
CGI-S(初診重症度)
7/7(最重症)
最終CGI-I(改善度)
1/7(著明改善・完治)
治療経過スケール
01

この症例の核心的な特徴

倉持先生のこのバスケットボール選手の腰痛・臀部痛症例は、「器質的診断を受け、複数の治療機関で改善しなかった患者がPCRTによって完治しスポーツパフォーマンスまで向上した」という非常に説得力のある症例です。腰椎分離症という明確な構造的変化が存在するにもかかわらず、症状の慢性化の主体が「誤作動記憶」にあったという視点を丁寧に積み上げている点が印象的です。

この症例を構造的に捉えると、3つの重要な要素が絡み合っています。

  • 腰椎分離症(終末期)という器質的診断の存在——「治らない」という医師の言葉が心理的重荷になっていた
  • ハード面調整で70%まで改善したが「ぶり返す」——誤作動記憶が残存していることを示すパターン
  • 認知調整導入後に「症状改善」「パフォーマンス向上」「人間的成長」が同時進行

特に重要なのは第2点です。「治療後は良くなるが時間が経つと戻る」という訴えは、PCRTにおいて誤作動記憶が残存していることを示す典型的なシグナルです。倉持先生が第3回でこのシグナルを捉え、第4回からPCRT認知調整法を導入した判断が、この症例の流れを決定づけました。

02

「治らない」という言葉が誤作動記憶になるメカニズム

初診時の特記事項に「大学病院医師から治らないからバスケットボールは無理の無い範囲でと指示を受けた言葉が重くのしかかっている様子」とあります。この点はPCRT的に非常に重要な観察です。

権威ある医療機関による「治らない」という断言は、患者の脳に強力な誤作動記憶として刻み込まれます。「治らない→動けない→痛い」という条件付けが形成され、それ自体が症状を維持・悪化させるループになります。さらに、患者と父親が「諦めている様子」であったことは、この条件付けがすでに定着していたことを示しています。

倉持先生が初回に「分離している骨は治らなくても痛みは改善する。バスケットボールのパフォーマンスは上がる」と説明し、「目の輝きが戻った」瞬間——これは医師の言葉で形成された誤作動記憶の、最初の書き換えが始まった瞬間でした。

— 保井志之 / PCRT創始者
03

反応言語の変遷が示す「承認欲求の重圧」の地図

各回で検出された反応言語を俯瞰すると、この患者さんの情動的な核心テーマが浮かび上がります。すべてに共通するのは「評価・承認・義務の重圧」です。

第4回
恐怖 警戒心
バスケットボール全般 / 周りからの評価への過度な意識、プレーの失敗を気にする警戒心。「人を魅了する選手は失敗を恐れずチャレンジする選手」——自己矛盾に気づく
第5回
義務 期待
チームリーダーとして / 栃木県選抜だから出来て当然という重圧
第8回
復讐心 期待
選考会での弱気プレーへの自己嫌悪。「逃げないで、チャレンジする」という力強い言葉が出た ← 第1転換点
第9回
自立心
選手としての自己評価の歪み / 長所が「無い」と感じていたが「ジャンプシュートです」という言葉が出た
第12回
義務 忠誠心
キャプテン就任後の監督・コーチからの叱責 / 宿題で解釈が変容 ← 第2転換点
第13回
猜疑心
コーチ(チームメイトの姉)との関係 / 本音で話せないチーム環境への不信感

栃木県選抜という高い評価を受けているがゆえに、「出来て当然」という外的期待と「失敗できない」という内的緊張が慢性的に交錯していました。この重圧が身体の誤作動信号として腰部に表出し続けていたと考えられます。

04

2つの転換点——問いかけと「宿題」の設計

この症例には、倉持先生の卓越した問いかけによって生まれた2つの明確な転換点があります。

第8回 第1転換点
患者自身が「ストレスを感じると痛くなる」と気づいた瞬間 患者が自ら心身の連動に気づき始めた回。倉持先生の問い「今後、同じような場面になった時に出来ることは?」に対して:
「逃げないで、チャレンジする」
認知の変容が患者の内側から生まれた瞬間。これ以降、施術の効果が安定した。
第12回 第2転換点
「キャプテンになって得られることは何か」——日常への宿題 施術中には解釈の転換が出てこなかったため、倉持先生は患者に宿題を課した。数日後に届いた患者の答え:
① 忍耐力が高まる
② 人前で発言できるようになる
③ 全てのことにおいて心に余裕が出る
患者が日常生活の文脈の中で自ら認知を変容させた記録。

「宿題」という手法は非常に優れたPCRT的アプローチです。施術室の中だけで変容を完結させようとするのではなく、患者が日常生活の文脈の中で自ら答えを見つけるプロセスを設計している——これが「再学習」の本質です。

— 保井志之 / PCRT創始者
05

腰椎分離症という器質的変化とPCRTの関係

この症例で特に教育的価値が高いのは、「腰椎分離症(終末期)という明確な構造的変化が存在しているにもかかわらず、症状が完治した」という事実です。

構造的変化は「素因」であって「主犯」ではない
同じ構造的変化があっても痛みがない人は多く、構造的変化がなくても痛みが持続するケースも多い
慢性化した痛みの主体は誤作動記憶
PCRTはその神経回路を直接ターゲットにすることで、器質的変化が残存していても症状を改善できる
構造論 vs 有機生命論
この症例は構造論的思考の限界と、有機生命論的(心身一体)アプローチの可能性を臨床結果として示している
06

「シュート成功率の向上」が示すPCRTの波及効果

最終回の記録に「シュート確率も上がり調子良くプレーできている」という患者からの連絡が記録されています。これはPCRTの認知調整が「痛みの消失」に留まらず、「競技パフォーマンスの向上」にまで波及したことを示す重要な観察です。

PCRTの認知調整は、特定の情報環境に紐付いた誤作動回路を解除します。シュートフォームへの「猜疑心」が解消されたことで、技術の発揮を妨げていた脳の誤出力が消え、本来の能力が表現されやすくなったと考えられます。

倉持先生の考察が示す通り、PCRTの認知調整は「疼痛改善」「競技パフォーマンスの向上」「人間力の成長」「周囲(チームメイト・保護者)への波及効果」をもたらします。この症例はそのすべてが一つの症例に凝縮されています。

— 保井志之 / PCRT創始者

07

フィードバック(深化のための観点)

Essence of this case
「腰椎分離症が治った」というよりも——治らないと諦めていた14歳の選手が、評価・承認の重圧から解放され、"失敗を恐れずチャレンジし続ける選手"という自分の理想像と一致した時に、身体も競技力も同時に回復した。これがこの症例の本質です。

倉持先生の丁寧な問いかけ、「宿題」という日常生活への介入、そして諦めかけていた患者と父親に希望を取り戻させた初回の説明——すべてが一貫したPCRT的視点のもとで行われた、完成度の高い症例報告です。

PCRT 症例報告 | 倉持 怜史(接骨院くら)

心身条件反射療法(PCRT)| Life Compass Academy

 
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